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Podcast: ぼやき牧師/富田正樹@iChurch.me: 三十番地キリスト教会
Episode:

【友を愛することと敵を愛すること】2023年3月5日(日)徳島北教会オンライン礼拝説き明かし by ぼやき牧師|富田正樹

Category: Religion & Spirituality
Duration: 00:22:21
Publish Date: 2023-03-05 06:50:03
Description:

聖書……ヨハネによる福音書15章11−17節(互いに愛し合いなさい。あなたがたはわたしの友である)

説き明かし……「友を愛することと敵を愛すること」by ぼやき牧師|富田正樹


 「互いに愛し合いなさい」、「あなたがたはわたしの友である」、「わたしがあなたがたを選んだ」、「友のために命を捨てることほど大きな愛はない」という、クリスチャンのメンタリティを大きく形作っているような言葉が並ぶ聖書の箇所を今日は読みました。

 受難節にイエスの遺言のような言葉はないかと探していたのですが、ここはどうやら本当はイエス自身の言葉ではないようです。むしろ、イエスよりもだいぶ後の教会の人たちが書き加えた部分だということがわかっています。

 「友のために命を捨てる」ということ自体ショッキングな勧めですが、イエスはもっとその先を行っており、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」と言うのです。そして、イエス的な観点から見れば、「友を愛する」ということは「友でない者は愛さない」、つまり仲間内だけで愛し合おうという、内向きで閉鎖的な愛を指していると言えないこともないのです。

 私たちは、イエスのように「敵を愛する」道を進むべきなのでしょうか。それとも、後の教会の言うように「友を愛する」ようにすればよいのでしょうか。

 「どちらも大切」というのが私のスタンスです。私たちは教会からこの世に派遣され、日毎のわざに戻ってゆくのですが、それはひょっとしたら「狼の群れの中に放り込まれる羊」のような状況かもしれません。そのような厳しい日常の中で、「敵を愛する」のは孤独な心では不可能です。

 「共に愛し合う」仲間がいなければ、敵を愛する力は湧いてきません。ですから、この世に派遣される前に、教会は互いに愛し合うものでなくてはならないのではないでしょうか。


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