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Podcast: ぼやき牧師/富田正樹@iChurch.me: 三十番地キリスト教会
Episode:

【空しい人生の日々を楽しく生きる】2022年9月18日(日)徳島北教会手術礼拝説き明かし by ぼやき牧師|富田正樹

Category: Religion & Spirituality
Duration: 00:24:43
Publish Date: 2022-09-18 06:26:29
Description:

聖書……コヘレトの言葉9章3−7節(パンを食べ、酒を飲め。空しい人生の日々を楽しく過ごせ)

説き明かし……「空しい人生の日々を楽しく生きる」

#コヘレトの言葉 #空しい人生 #ニヒリズム


【説き明かしの要約】

 コヘレトの言葉は聖書の中でも異色の書物です。聖書の中で、これほど「空しい」、「一切は空である」という言葉を連呼する書物が他にありません。

 コヘレトは、人が死んだ後、陰府という死後の世界に行くことは否定していませんが、そこには何も無いのだと言い切ります。そして、生まれてきても、どうせ誰もが死んでしまうし、死んでしまえば何もかも終わりであり、何の意味もないのだと言うのです。

 しかしコヘレトは、そんな空しい人生の日々を、やけになって自暴自棄な生き方をするのではなく、きちんとした身なりで、手につけた仕事を熱心に行い、その苦労の報酬として、飲んで食って楽しめと言います。

 これはニヒリズムと相通じるものがあると思われます。ニヒリズムというのは、絶望感や悲壮感のことではありません。ただ、意味のない人生が究極的に自由であることを喜び、自分だけにしか描けない人生を描いてゆくことに繋がります。

 そんなコヘレトに、イエスの生き方も似たものがあるのではないかと感じます。イエスは「明日、炉に投げ入れられる草花でさえ、神は装ってくださる」と言います。今日、明日死んで、何も残らなかったとしても、それはそれでいいじゃないか。今、与えられている命を精一杯生きて、そしてその苦労の報酬を味わおう。そのようなメッセージをコヘレトの言葉から引き出すことができるのではないでしょかうか。



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