夢千代日記/NHK TV ドラマ
早坂暁作、深町幸男演出、吉永小百合主演の連続ドラマ。山陰のひなびた温泉町で、亡き母の後を継いで芸者の置き屋・はる家を営む夢千代。広島での胎内被爆という宿命を背負いながらも、ひたむきに生きている。夢千代が毎日つづる日記を、夢千代を演じた吉永自身が朗読し物語が展開していく。心優しい人と人との交流を、山陰の冬景色とともに叙情豊かに描いている。
「裏日本」とは1970年代まで多くの人々によって使われてきた本州の日本海に面する地域を指す呼称であり、現在では差別的表現としてほとんど聞かれなくなった言葉だ。このドラマの中では「山陰」と置き換えて発せられるが、いずれも温もりを感ずることはない。作家谷崎潤一郎の随筆で「陰翳礼讃」(いんえいらいさん)という書がある。それによると陰や裏の部分を認め、それを用いることで陰翳の中でこそ生える芸術をいかに発見するかを記した一冊である。まさにドラマ「夢千代日記」は、この陰翳礼讃の真髄を登場人物の内面を通して描き、その美にふさわしい音を現代音楽の巨匠である武満徹の作品で綴った傑作テレビドラマである。
「美が陰に宿る」という概念は、日本特有のものではないと思う。暗闇から立ち昇る耽美な感覚は、中世ヨーロッパの文化にも数多く見られる。しかしながらこの作品における美は、語られぬ陰の心情を描くことで際立っている。語られぬ、詳らかにされぬ描写は、時として照れや作り笑顔で包み隠される。それらはあたかも水引で結ばれた心が柔らかな風合いをまとうときに見られる、この国の文化ゆえの技かもしれない。
芸者の役を演ずる吉永小百合と樹木希林の演技は、この作品を確固たるものとするのに十分である。華やかな舞や晴れ姿。その背景に見え隠れする日常の「褻」(け)こそは、制作した日本放送協会(NHK)の特筆すべき表現力の真骨頂と言えよう。